2025/11
模擬裁判選手権
成瀬 翠
「高校生模擬裁判選手権」という大会をご存じでしょうか。
日本弁護士連合会が主催するこの大会は、高校生が検察官と弁護人の立場に分かれて、架空の刑事事件について証人尋問、被告人質問、論告、弁論を行うというものです。現役の法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)や学識経験者、マスコミ関係者等が審査員を務め、証人尋問や被告人質問における質問の仕方やその内容、論告や弁論の構成や分かりやすさなどが評価の対象となります。
私は、所属する神奈川県弁護士会の法教育委員会の活動の一環で、ある高校の生徒達をサポートする支援弁護士として、今年8月2日に東京地方裁判所の法廷で開催された関東大会に参加しました。
支援弁護士は、大会前に複数回高校を訪問し、裁判手続の流れや証人尋問・被告人質問のルール、論告・弁論の目的などを説明しますが、課題である刑事事件記録を検討してもらう際には、生徒達に決まった答えを「指導」するのではなく、生徒達が主体的に考えるための「支援」に徹する必要があります。弁護士の考えを押し付けないように注意しながら、生徒達の論理が飛躍していないかどうかをチェックしたり、別の視点から検討したりするよう促します。
学校のテストには答えがありますが、模擬裁判選手権には絶対の答えはありません。学校で優秀な成績を収める生徒ほど、事件記録の中に正解が隠れているはずだと考えてしまいがちです。
生徒達が事件記録の検討を始めた当初は、一つの証拠や事実ばかりに囚われて他の重要な観点を見落としてしまう様子や、着眼点は良くてもそれがどのような意味を持つのかをうまく言語化できずにもどかしそうにしている様子、多様な意見を一つの論告や弁論の形にまとめ上げることができずに苦慮する様子などが見られました。
実は、支援弁護士にも具体的な審査基準は知らされていないのですが、個人的には、この大会において勝敗を分けるのは、「多角的な視点」の有無であると感じました。
大会当日は、午前に検察官を担当した高校は午後は弁護人を担当するといった具合に、両方の立場を経験することになります。参加人数が多い高校では、役割を分担していることも少なくありませんが、優勝を目指すのであれば、どちらの立場でも説得力のある訴訟活動を行わなければなりません。
検察側か弁護側のどちらかが一方的に有利となるシナリオでは勝負になりませんので、課題である事件記録には必ずそれぞれの立場から見て有利な事情と不利な事情が混在しています。自身の立場の主張が正しいとすれば、一見不利と思われる事情も必ず合理的に説明することができるはずですから、不都合な証拠や事実に目を背けずに向き合うことが必要です。
また、模擬裁判選手権に参加する生徒達は皆優秀で、弁護士のサポートがなくとも自身の立場にとって有利な事情を抽出して説明することはある程度できていますので、それだけでは差がつかないのです。
実際の裁判にも当てはまることですが、相手方がどのような主張をしてくるかを予想し、それに対する反論を検討することで、自説を補強することもできますので、校内で役割分担をする場合でも、時々立場を入れ替えたり、異なる立場の生徒同士でも積極的に議論を交わしたりしてもらいたいところです。
生徒達は不利な事情の取扱いには非常に頭を悩ませており、弁護側の生徒からは「この被告人、絶対やってる(※有罪だ)よ……」というボヤきが漏れたこともありました。
さらに、大会当日はいわゆる「アドリブ力」も重要です。生徒達は入念な事前準備を重ねて本番に臨みますが、予め用意した尋問(質問)事項や論告・弁論を読み上げるだけで高評価を得られるほど、この大会は甘くはありません。
というのも、生徒達はもちろん、支援弁護士も、大会当日まで証人や被告人が法廷で何を語るのかを知ることはできないのです。証人や被告人の供述調書は事前に検討していますが、当日初めて判明する事実も少なくありません。そのような新事実を無視した論告や弁論は説得力に欠けてしまいます。
(なお、実際の裁判では、公判当日まで弁護人が被告人の話を直接聞いていないなどということはまずあり得ませんので、この点は模擬裁判選手権という競技特有の難しさがあります。)
証人尋問や被告人質問は証人や被告人との対話ですので、検察官や弁護人の尋ね方によって得られる回答が異なりますし、その内容を踏まえて次の質問をし、その結果を踏まえてその場で論告や弁論を修正しなければなりません。
このような話ばかりすると、模擬裁判選手権は小難しく堅苦しいものだという印象を持たれてしまうかも知れませんが、大会当日の生徒達は凛々しく頼もしく、本物の裁判さながらの迫力があります。本当に、直前に驚くほどの成長を見せるのです。支援弁護士としては、準備の初期段階の生徒達の様子を傍で見ていただけに、その場で新たに判明した事実を取りこぼすまいと食らいつき、最後の1分1秒までよりよい論告・弁論を作り上げようと協力し合って試行錯誤を続ける生徒達の姿は、傍聴しているだけでも何ともいえない感動があります。生徒達が隅々まで事件記録を読み込み、考え抜いたからこそ、予想外の事態にも臨機応変に対応することができるようになったのだと感じます。
模擬裁判選手権は法曹の養成を目的としたものではありませんので、参加した生徒達の進路は様々ですが、一人でじっくりと思考を深めたうえで、他の生徒達との議論を通じて視野を広げ、自分の考えを相手に伝える練習を重ねた経験は、将来決まった答えのない問題に取り組む際にも役立つのではないかと思います。
私自身も、高校生のフレッシュな視点や熱意に刺激を受け、弁護士としてのあるべき姿を見つめ直す機会となりました。